AGGT(Axis of Gravity Guidance Therapy / 重力軸誘導療法)とは、
重力と抗重力という、ふたつの力が交差する場所——
距骨下関節(distal subtalar joint)。
距骨と踵骨が、嵌(は)まりきらずに、
ズレることが宿命の関節で、
踵の調整が、その微妙な駆動の鍵を握る。
これを、天空の目視点による
重力軸の概念から観察した、
ひとつの臨床知見です。
ズレる場所だからこそ、面白く、厄介で、
世界中の多くの方々からの
追試観察を、AGGTは願っています。
距骨下関節は、足関節のすぐ下にあります。距骨という骨と、踵骨——かかとの骨——が、複雑に組み合わさってできている関節です。
ここに、ふたつの力が出会います。
ひとつは、上から降りてくる重力。体の重さが、頭から、肩から、背骨から、骨盤を通って、太ももを通って、ふくらはぎを通って、最後にこの場所に届きます。
もうひとつは、下から押し上げてくる抗重力。立っているとき、歩いているとき、私たちの体が地面に押されて返される力です。
このふたつが交差するのが、距骨下関節。重力と抗重力のシーソーが、この場所を中心にして釣り合っています。
もし距骨と踵骨がパチンと完璧にはまる関節だったら、踵の調整は意味を持ちません。上はそのまま自動的に決まってしまうから。
もし距骨と踵骨が完全に平らな板の上に乗っているだけだったら、これも踵の傾きは上に届きません。下と上が独立になってしまうから。
でも、距骨下関節は、そのどちらでもありません。距骨は踵骨の上に、複数の関節面で複雑に組み合わさって乗っている。完全にはまるわけではないし、完全に自由でもない。
嵌まりきらない、ズレることが宿命の関節——それが距骨下関節です。
この「はまりきらなさ」が、人によって踵の傾きが上にどう伝わるかを変えます。同じインソールを履いても、効く人と効かない人がいる。同じ歩き方を指導しても、変化する人と変化しない人がいる。それは「効くか効かないか」の問題ではなく、はまりきらない関節の中で、その人の力線がどう走っているかの問題なのです。
距骨下関節は、距骨と踵骨が前距踵関節・中距踵関節・後距踵関節という3つの関節面で接する複合関節です。教科書ではmodified saddle joint(変形鞍関節)と分類されます。米国カリフォルニアの足病医Kevin A. Kirby博士は2001年、距骨下関節の軸が単一の固定軸ではなく、回内位・中立位・回外位で位置が変わる「軸の束(bundle of axes)」として表現されるべきだと提唱しました。
この「軸の束」という概念こそが、距骨下関節の「嵌まりきらなさ」の正体です。AGGTは、Kirby博士のこの局所力学モデルを、全身の重力軸というマクロな視座へと拡張します。
嵌まりきらない関節の駆動を、何が決めているのか。
AGGTが見つめてきた入り口は、踵骨の傾斜です。
踵骨が地面に対して何度傾いているか——たった数度の違いが、距骨下関節での力の伝わり方を変え、その上の足関節、膝、股関節、骨盤、脊柱、頭部の位置までを連動させていきます。
これを、ひとつの簡単なたとえで考えてみます。
庭に植えられたまっすぐな若木を、根元で1度だけ傾けたとします。すると、てっぺんはずいぶん大きく横へずれます。1メートルの若木なら数センチ、2メートルなら倍。同じ「1度」でも、樹木が高くなるほど、てっぺんの偏位は大きくなる。
これを数式にすれば、こうなります。
d = H × tan(α)
踵骨傾斜角 α が1°変われば、身長 H に対して d ぶんだけ重心軸が偏位する。
身長170cmの人で α=1°なら、頭頂の偏位は約3cmに達します。
ところが、人は樹木のように一本の棒ではありません。
足首がしなり、膝が調整し、股関節と骨盤と背骨が、頭をできるだけ真っ直ぐに保とうと働きます。これを医学では 補償(compensation) と呼びます。だから、実際の頭頂偏位は、樹木モデルの値よりも小さくなることがほとんどです。
AGGTは、この事実から目を逸らしません。だからこそ、AGGTは人体の重力軸伝播を、ひとつのモデルではなく、二つのモデルを並べて扱う立場をとっています。
ひとつめは、d = H × tan(α) という剛体倒立振子モデル。これは「もし関節がすべて固まっていたら、頭はここまでずれうる」という、上限の値を示します。専門用語で「最大偏位ポテンシャル」「上界推定」と呼ばれる、単純化された幾何モデルです。
もうひとつは、AGGTのKinetic Engine v2.0と呼ぶ多関節伝達モデル。足元から頭頂までの間で、各関節が傾きをどれだけ補償しているかを、係数 T1=0.70、T2=0.59、T3=0.38 として加味し、実際の人体に近い値へ近づけていきます。
樹木モデルが「最悪の場合の上限」を、多関節モデルが「実際の身体に近い値」を、それぞれ別の角度から示してくれる——AGGTは、この二段構えで踵骨傾斜と重力軸の関係を扱っています。
ここで、ひとつの率直な記録を残しておきます。
ここで、ある臨床ケースから得られた、率直な数字を記しておきます。
重度の歪みを持つ一つの臨床ケース(踵骨傾斜角 α ≈ 4.7°、計算上の有効高さ H ≈ 1250mm)を、二つのモデルで検討してみたときのことです。剛体倒立振子モデル(樹木モデル)では、最大偏位ポテンシャル d は約102mm——「もし関節がすべて固まっていたらここまでずれうる」という上限値を示します。一方、Kinetic Engine v2.0 で各関節の補償係数を加味して計算すると、分節補償を加味したモデル出力は約40mmへと縮減されます。
二つの値の比は、約40%。
この「約40%」という比率は、現時点では一つの臨床ケースにおいて、剛体モデルの上界推定と Kinetic Engine v2.0 の多関節モデル出力を比較したときに得られた、仮説生成的な観察値です。このケースでは、足部の傾きから想定される最大偏位の一部が、足首・膝・股関節・骨盤・体幹の関節連鎖によって吸収され、残りが重心軸のズレとして表れる、という解釈と整合します。
ただし、この比率が普遍的な値であるか、症例・身長・筋緊張・可動域・疼痛・神経制御によって変動するかは、現時点で AGGT には断定できる答えがありません。検証は、今後の追試観察に委ねられます。
d = H × tan(α):剛体倒立振子モデル 踵から頭頂までを単一の剛体として扱った、単純化した幾何モデルです。研究者向けには 最大偏位ポテンシャル(maximum displacement potential)、あるいは 上界推定(worst-case estimate) とも表現されます。式から出る値は、実測される頭頂偏位そのものではなく、AGGTが現場で参照するための一つの目安です。
Kinetic Engine v2.0:多関節伝達モデル(暫定版) 足元から頭頂までの間で、各関節が傾きをどれだけ補償しているかを、次の伝達率係数として加味します。
これらの係数は、Khamis & Yizhar (2007, Gait & Posture) の実測データを AGGT が再解釈し、関節間の伝達率として暫定的に整理したものです。元論文が AGGT 係数を提示しているわけではなく、AGGT は同研究を、足部から骨盤への運動連鎖を考えるための学術的アンカーとして参照しています。
増幅ロジック(α > 5° で発動する AGGT 内部の暫定設計) 足部回内・踵骨外反が下腿、股関節、骨盤、胸郭へ波及しうることは、Khamis & Yizhar (2007) や Tateuchi et al. (2011) などの三次元運動解析研究から示唆されています。一方で、過回内と上位関節運動の関係は単純ではなく、Powers et al. (2002) のように、単純な過回内仮説を支持しない結果も報告されています。AGGT の Kinetic Engine v2.0 では、重度の踵骨傾斜で上位関節への波及が強まる可能性を臨床的に扱うため、α が 5°を超える場合に T1 を段階的に補正し、最大 1.2 倍でキャップする暫定ロジックを採用しています。この値は文献から直接与えられた定数ではなく、過補正を避けるための AGGT 内部の安全設計です。計算式の詳細仕様は、Balancer ツール側および技術付録(model_notes)で別途記述する予定です。
「約40%残存/約60%補償」という解釈について ある臨床ケース(α ≈ 4.7°、H ≈ 1250mm)の計算で、剛体モデルが示す上限値(102.8mm)の約 39.7%(40.8mm)が、Kinetic Engine v2.0 の出力として算出されました。本ページでは丸めて「約102mm」「約40mm」「約40%」と記しています。この比率は、内部モデルの数値整合性と生体力学的解釈の方向性に大きな矛盾がない範囲での仮説生成的所見であり、臨床的普遍性を示すものではありません。今後の追試観察によって検証されるべき暫定所見です。
Kinetic Engine v2.0 は暫定モデルであり、公開される作業仮説です 本モデルは、Khamis & Yizhar (2007) の知見を出発点とした暫定版です。これは完成した答えではなく、踵骨傾斜から重力軸への波及を、臨床・物理・運動学の間で検証可能にするための作業仮説です。AGGT は、この数式を閉じた権威としてではなく、世界中の追試観察に開かれたモデルとして公開します。
主要参考文献
Khamis S, Yizhar Z. Effect of feet hyperpronation on pelvic alignment in a standing position. Gait & Posture. 2007;25(1):127-134.
Powers CM, Chen PY, Reischl SF, Perry J. Comparison of Foot Pronation and Lower Extremity Rotation in Persons With and Without Patellofemoral Pain. Foot & Ankle International. 2002;23(7):634-640.
Tateuchi H, Wada O, Ichihashi N. Effects of calcaneal eversion on three-dimensional kinematics of the hip, pelvis and thorax in unilateral weight bearing. Human Movement Science. 2011;30(3):566-573.
Winter DA. Biomechanics and Motor Control of Human Movement. 4th ed. Wiley; 2009.
協働クレジット|AI Collaborators
本ページの数式構成・本文記述・参考文献整理は、AGGT プロジェクト 富山正樹 と Claude(Anthropic、Opus 4.7) の協働により起案されました。
Kinetic Engine v2.0 の K係数モデル(T1/T2/T3 と増幅ロジック)の数学的設計は、Manus 1.6 Max による独立提案として AGGT に提出され、同モデルによる本ページの独立検証を経て掲載されています。
AI による起案・検証であっても、最終的な文責は AGGT プロジェクト 富山正樹にあります。読者からのご指摘・追試報告は、AGGT のオープンソース・ライセンス(CC BY-SA 4.0)の枠組みのもと、いつでも歓迎いたします。
AGGT のものさしが扱う最初の数字は、たった一つの角度です。けれど、その小さな数字の周りに、樹木モデルと多関節モデルという二つの計算が並び立ち、補償係数の学術的アンカー(Khamis & Yizhar 2007)と暫定性、そして AI 協働者の名が透明に書かれている——これが、踵骨傾斜から重力軸を語るときに、AGGT が守りたい姿勢です。
AGGTには、独特の観察方法があります。
私たちが普段、人の姿勢を見るときの視線は、横から、あるいは正面から、地上の高さで見ています。これでは前後の傾き、左右の歪みは見えても、身体を貫く中心軸そのものは捉えにくい。
AGGTは、視点を上空に置きます。天空から、人の頭頂を真上から見下ろす。そこから、頭頂を通って、胸、骨盤、両足の中心へと降りていく一本の軸——重力軸——を観察する。
この視点で見ると、はじめて分かることがあります。重力軸の地面に対する落点が、両足の支持基底面のどこに来ているか。それが理想の中心からどれだけずれているか。そのずれは、踵骨傾斜とどう繋がっているか。
天空の目視点は、神秘的なものではありません。物理学が語る重力ベクトルを、上から見下ろす視点で可視化しただけのことです。けれど、この視点を持つだけで、見えるものが大きく変わります。
ここまで、AGGTがどんな視座と数式と関節を扱っているかをお話ししてきました。
では、なぜAGGTはオープンソースで世界に公開され、世界中からの追試観察を願っているのでしょうか。
その理由は、AGGTが扱っている領域の射程が、足の話を超えて、生命のあらゆるスケールでの「動きと凝集」の問題に届きうるからです。
この章では、生命の最も小さなスケール(細胞内の分子)から、最も大きなスケール(人体全体)まで、AGGTが受け取ってきた科学的知見を、先人たちの仕事を辿りながら、優しく解き明かしていきます。
私たちの身体を構成する細胞の中は、水のようなスカスカの空間ではありません。
タンパク質などの分子が「祇園祭」「満員電車」と例えられるほどの超高密度な空間です。物理学の常識からすれば、これほど高濃度のタンパク質水溶液は、ゼリーや「煮凝り」のように固まってしまうのが自然な状態です。実際に、細胞が死を迎えると、途端にゲル化(煮凝り化)して内部の動きが止まります。
でも、生きている細胞の中では、なぜか液体(ゾル)状態が保たれています。タンパク質はスケール換算で時速300キロという猛スピードで飛び交い、事故を起こすことなくすれ違っている。生死を分ける物理的な境界が、ここにあります。
岡田康志先生らの研究グループは、細胞内のタンパク質が「水と油」のように分離して液滴を形成する「液-液相分離(LLPS)」という現象を、Nature誌に発表された画期的な論文で解明しました。続いて2023年には、水を99%も含む希薄な高分子ゲルが、濃厚なゲルと希薄なゲルの2相に自発的に分離する「ゲル-ゲル相分離」現象を、Nature Materials誌で世界に問うています。
これらの研究が指し示しているのは、こういうことです。生命は、エネルギーを消費して絶えず動き、撹拌し続けることで、煮凝り化(凝集と硬化)を防いでいる。動きを止めることは、分子レベルでの「死」を意味する。
さらに岡田先生は、細胞内で物質を運ぶ分子モーターは「燃費が悪い」ことを実測で示されました。長年「生命の仕組みなのだから、人間の機械より効率的なはずだ」と信じられてきた前提を、データが覆したのです。それでも進化が選んだ理由は——生命の最適化は、燃費の追求ではなく、煮凝り化を防ぎシステムを止めないことだったから。
液-液相分離は、過去10年で細胞生物学の中心概念のひとつとなりました。タンパク質や核酸が水溶液中で液状の凝集体(biomolecular condensates)を形成し、膜を持たない細胞内コンパートメントとして機能します。Boeynaems et al. 2018のレビューは、この分野の包括的入門として国際的に参照されています(被引用2,000件超)。
正常な液-液相分離は細胞機能の一部ですが、攪拌や流れが止まると、液状から固体状へ転じてしまう(liquid-to-solid transition)。神経変性疾患のアミロイド凝集も、この経路で進行することが分かってきました。岡田先生の Fujioka et al. 2020 と Ishikawa et al. 2023 は、この現象を分子レベルで実証する研究です。
AGGTが30年の臨床で見てきた「動かないところは固まっていく」という現象は、岡田先生らが描き出した分子物理学の最前線と、深いところで地続きでした。歩行という、人類最も基本的な機械的刺激は、生命を液体に保つための営みでもある——AGGTはそう捉えています。
分子レベルで起きている「煮凝り化」は、組織のレベルでも、形を変えて起きていました。
私たちの筋肉や内臓を包む「筋膜」、その中に存在するヒアルロン酸。本来は組織同士をスムーズに滑り合わせる潤滑油です。けれど、適切な機械的刺激が不足すると、このヒアルロン酸が凝集し、水を放出しながら粘度を上げていく。
Antonio Stecco博士たちは、この現象を「Densification(密度化)」と名づけました。2022年の論文では、ヒアルロン酸の凝集が、肝臓・眼・肺・腎臓・血管・筋肉・筋膜・皮膚など、人体の多くの臓器で起きうることを総括しています。
Stecco博士の論文には、料理の煮凝りそのものの機序図が描かれています。ヒアルロン酸の濃度が上がる、凝集する、水を放出する、巨大な分子構造を作る、粘度が上がる、組織が硬くなる。長期化すれば、これは線維化(Fibrosis)に進む。
もうひとつ、決定的な発見があります。局所環境が酸性に傾くと、ヒアルロン酸はサラサラの粘性モードから、ベトベトの粘着モードへと変化する。これが、組織内の流れと滑走の両方を止めてしまう。
AGGTが踵骨傾斜という小さな数字から見つめているものは、組織レベルでは、この「煮凝り化/密度化」の入り口だと言えます。歩行衝撃の質が落ちれば、機械的刺激が不足し、Densificationが進む。逆に、適切な刺激が回復すれば、組織は再び滑走を取り戻す可能性がある。
ヒアルロン酸が発見されてから80年以上、その「筋膜の中での働き」は、ほとんど注目されてきませんでした。
Rebecca L. Pratt博士は、2021年のレビュー論文でこの未開拓の領域に光を当てます。
健康な深筋膜の層と層の間には、薄い疎性結合組織の層があります。厚さは平均43±12マイクロメートル。この極薄の層に、長鎖のヒアルロン酸が豊富に存在し、層と層が滑らかに滑り合う——これが筋膜の「滑走(gliding)」です。
その滑走を支えるのが、近年発見されたfasciacyte(筋膜細胞)という新しい細胞種。線維芽細胞によく似ていますが、別種の細胞です。fasciacyteは剪断(せんだん)運動を好み、動きが滑走を保ち、滑走がヒアルロン酸の分泌を保つ——という相互サイクルの中で生きています。
動きが止まれば、ヒアルロン酸は短い断片に分解されて、潤滑性を失い、粘着性に転じる。Pratt博士はこの状態を「densificationの鍵が掛かる」と表現しました。Stecco博士の組織横断的な発見と、ぴたりと符合します。
AGGTが歩行という機械的刺激の質を見つめる理由のひとつは、ここにあります。歩行衝撃が筋膜の滑走を保ち、滑走がヒアルロン酸を保ち、ヒアルロン酸が組織を煮凝りから守る——この連鎖の入り口が、踵骨傾斜にあります。
組織の滑走を保つ「適切な機械的刺激」は、人体全体ではどこからやってくるのか。
その最大の供給源が、歩行時の踵接地(Heel Strike)です。
ニューメキシコ・ハイランズ大学のErnest R. Greene博士たちのグループは、2017年4月、米国生理学会の年次大会 Experimental Biology 2017(シカゴ)で、ひとつの発表をされました。12名の健康な若年成人を対象に、安静立位と、トレッドミル上での 1.0 m/s および 2.0 m/s の歩行時の、内頸動脈の血流速度と動脈径を超音波で計測する——という設計の研究です。歩行時には、踵接地のたびに動脈の中を遡るように逆行性の圧力波(retrograde pressure waves)が立ち上がり、内頸動脈の血流量が増加することが報告されました。
面白いのは、自転車を漕いでいる時には、この応答の様子が異なってくることです。Furlong博士たちのグループは、2020年に Physiological Reports 誌で、ランニング(踵接地あり)とサイクリング(踵接地なし)を同じ運動強度で比較されました。経頭蓋ドップラーで中大脳動脈の血流速度を追跡したところ、運動強度が上がっていくとき、サイクリングでは65% VO2max あたりで頭打ちになる一方、ランニングでは95% VO2max まで血流速度が上がり続ける——という差が示されました。
この二つのお仕事から、AGGT が受け取らせていただいたイメージを、ひとつの比喩として記しておきます。踵は、ただ地面に接する場所ではなく、歩行のリズムに合わせて動脈を介し圧力波を送り出す、油圧ポンプのような入り口でもありうる——という見方です。「油圧ポンプ」は、Greene博士・Furlong博士たちが論文の中で用いられた表現ではなく、AGGT が現場側で受け取り直すための比喩であり、AGGT 側の文責で用いている言葉です。
踵骨傾斜が大きく乱れ、踵接地の質が損なわれるなら、その影響は足元の力学だけにとどまらず、歩行時の循環応答や中枢神経系の血流・代謝環境にまで波及する可能性がある——AGGT は、Greene博士・Furlong博士たちのお仕事を、そういう問いの入り口として受け取らせていただいています。
AGGTが踵骨傾斜角という、たった一つの数値にこだわる理由のひとつは、ここにあります。踵は、全身の循環と脳の血流・代謝環境にまで届く可能性のある、想像以上に大きな入り口です。
踵接地が脳血流を促し、組織の滑走を保ち、細胞内の煮凝り化を防ぐ。この一連の連鎖を、細胞自身はどのように感知しているのでしょうか。
その答えのひとつが、メカノトランスダクション(機械的刺激伝達)という概念です。
細胞の表面や内部には、物理的な力——引っ張り、圧縮、剪断(せんだん)力など——を感じ取る「メカノセンサー」が存在します。これらのセンサーは、機械的な力を化学的なシグナルへと変換し、細胞の中の様々な反応を呼び起こしていきます。
Hye-Min Han博士たちが2025年に発表した最新のレビュー論文は、このメカノトランスダクションが、細胞骨格の再構築、核の力学的応答、代謝の適応を調節し、細胞老化(Cellular Senescence)の抑制と若返りに関わる中心的な役割を担いうることを示唆しています。
ここで、これまでの章が一本の連鎖として繋がります。
踵接地(Greene / Furlong)
↓ 動脈圧力波と機械的振動
メカノセンサー刺激(Han)
↓ シグナル伝達
組織の滑走性の維持(Stecco / Pratt)
↓ 機械的刺激の継続
細胞内の動きの維持(岡田康志先生/Fujioka, Ishikawa-Hojo)
↓
煮凝り化の抑制 → 細胞老化の抑制
この連鎖の入り口に、距骨下関節での重力軸と抗重力軸の交差があり、その微調整を握っているのが踵骨傾斜です。
AGGTは、この連鎖が「正しい」と主張するものではありません。連鎖の各リンクは、それぞれの先人たちが世界最前線の研究で示してきた知見の上に立っています。AGGTがしているのは、これらを一本の連鎖として並べてみること、そして連鎖の入り口にある踵骨傾斜という小さな数字を、誰でも測れるようにすることだけです。
物語は、最後に「足の関節」へ戻ってきます。
この章までに描かれてきた連鎖——歩行衝撃が脳に届き、組織の滑走を保ち、細胞老化を抑える——その入り口が、距骨下関節です。そしてこの関節を理論的に最も誠実に描いてくれた先人が、Kevin A. Kirby博士でした。
Kirby博士は2001年、距骨下関節の軸が単一の固定軸ではなく、「軸の束(bundle of axes)」として理解されるべきだと提唱しました。回内位、中立位、回外位で、軸の位置は連続的に変わる。この「嵌まりきらなさ」が、人によって踵の傾きが上にどう伝わるかを変える根本原因です。
Kirby博士のシーソーモデル——床反力と関節内力が距骨下関節軸の両側で釣り合うという力学モデル——は、足部単位での回内・回外を見事に説明します。AGGTは、このシーソーを、頭頂から足底までの重力軸という、より大きなスケールへと拡張しました。
そして、もう一人の先人、Matthew J. Parkes博士。
Parkes博士たちは2013年、JAMA誌に外側ウェッジインソールのメタアナリシスを発表しました。物理的にはインソールが膝内側への荷重を減らしていることは確認された。けれど「集団として痛みが減ったか」と問われれば、統計的な差は出なかった——これが結論でした。
この「集団平均では差が出ない」という事実は、Kirby博士の「軸の束」概念と並べると、見事に整合します。距骨下関節の軸位置が人によって違うのだから、同じインソールが同じように効くわけがない。効く人と効かない人の違いを事前に見分ける——その実用的な方法が、まだ確立されていない。
AGGTの立ち位置は、ここに来て初めて明確になります。AGGTは治療法ではありません。「これを使えば痛みが取れる」とは言わない。でも、踵骨傾斜角と全身の重心軸偏位を、誰でも、無料で、世界中のどこからでも測れるようにすること——その先を、世界中の追試観察と一緒に積み重ねていくこと——それが、AGGTがオープンソースで存在する理由です。
ここまで、5つのスケールの先人たちを辿ってきました。
分子レベル、組織レベル、人体レベル、システムレベル、力学レベル——それぞれの層で、世界最前線の研究者たちが、ある同じ方向を指し示しています。
逆に言えば、動き続けることが、生命をすべてのスケールで「液体」に保つ営みでもある。歩行という、人類最も基本的な動作は、この「動き続けること」の最も大きな入り口のひとつです。
その入り口の質を、踵骨傾斜という小さな数値から見つめる——それが AGGT が提供する、ひとつの観測の窓です。
AGGTは、抗老化に効くと主張するものではありません。「これをすれば若返ります」とは言わない。
ただ、抗老化を巡る科学的知見の交差点に、踵骨傾斜という入り口が存在しうることを、先人たちの研究を並べて示しています。
その入り口がどう機能するか、誰に効いて誰に効かないか、長期的にどんな変化をもたらすか——これらの問いに答えを持っているのは、AGGTではなく、世界中で追試観察を積み重ねてくださる方々です。
これは控えめな立ち位置に見えるかもしれません。でも、効果を断言しないこと、データが言わないことは書かないこと、未検証の仮説を検証されたかのように見せないこと——これらの誠実さが、AGGTを長く生き延びさせる唯一の道だと、私たちは考えています。
物理科学から導き出された数値は嘘をつかない。道半ばの仮説を、世界中の皆さんと共に検証し、高めてゆきたい。だからこそオープンソースにして、人類共通の知的きっかけとして提示する。
AGGTは、特許で囲い込まれることを選びませんでした。
重力軸の概念、踵骨傾斜と全身重心軸偏位を結ぶ三角関数 d = H × tan(α)、距骨下関節を交差点として捉える視座、6点支持モデル——これらすべてを、CC BY-SA 4.0ライセンスのもとで世界に公開しています。
理由は、ひとつだけです。これは「製品」ではなく、「ものさし」だから。ものさしは、誰もが手にして使えるものでなければ、ものさしの意味を持ちません。
AGGTのオープンソース版ツール群は、スマートフォン一台で動きます。AGGT Eye、AGGT Eye Pro、COSMO EYE——いずれも無料で、世界中のどこからでも使えます。撮影ガイド、ワークマニュアル、計算ロジック、すべて公開されています。
日本の柔道整復師、あはき師、各種療法に携わる方々、医師、看護師、リハビリテーション専門職、介護関係者の皆さん。そして世界中の同じ志を持つ皆さん。AGGTは、皆さんの臨床現場での観察と、皆さんからの追試報告を、心から願っています。
もし、AGGTで測られた数値が、皆さんの臨床現場で何かを照らすなら——それを世界に共有してください。もし、私たちの仮説に矛盾するデータが出たら——遠慮なく教えてください。AGGTは、否定されることで強くなります。
30年の臨床と、世界の最前線の科学と、皆さんの追試観察が交差する場所——それがAGGTという「ものさし」の本当の居場所です。
重力軸誘導療法 AGGT
Axis of Gravity Guidance Therapy
— a tool for human heritage —