EVIDENCE · 001

先人から受け取ったバトン

2013年、英国の研究チームが一つの論文を発表しました。
その論文が、12年の時を経てAGGTに教えてくれたこと。
そして、AGGTがそこから受け取ろうとしているバトン。

Parkes MJ, Maricar N, Lunt M, et al.
JAMA 2013;310(7):722-730
ONE

2013年、英国マンチェスターの誠実な仕事

2013年8月、米国医師会が発行する世界的な医学雑誌 JAMA に、一つの論文が掲載されました。

著者は英国マンチェスター大学のMatthew Parkes博士を筆頭とする研究チーム。テーマは「外側ウェッジインソール」というタイプの靴の中敷きが、内側型変形性膝関節症の患者さんの痛みを軽減できるかどうか。

外側ウェッジインソールというのは、足の外側を少し高くするタイプのインソールです。膝の内側にかかっている荷重を、外側に逃がすことを目的としています。膝の内側がすり減っているタイプの変形性膝関節症の方に向けて、世界中で広く使われてきました。

Parkes博士たちは、それまでに行われた12件の質の高い臨床試験を集めて、メタアナリシスという手法で総合的に検証しました。「効いた」「効かなかった」と個別の研究結果がバラバラだった状況を、データで一つにまとめる仕事です。

結果は、誠実なものでした。

生体力学的には、荷重は確かに変わっていた。
しかし、痛みの軽減は、集団レベルでは確認できなかった。

物理的にはインソールが膝内側への荷重を減らしていることは確認された。けれど「集団として痛みが減ったか」と問われれば、統計的な差は出なかった——というのが、この論文の結論です。

Parkes博士たちは「効いた」と書きたかったかもしれません。でも、データが言わないことは書きませんでした。これは科学者としての誠実さそのものです。

TWO

しかし、物語はそこで終わらなかった

Parkes 2013は終着点ではなく、始まりでした。

その後の研究で少しずつ見えてきたのは、「効く人と効かない人がいる」という個人差の構造でした。

2022年、Schmalzらの研究グループが興味深い報告をしました。膝のO脚の度合いが強い患者さんほど、外側ウェッジインソールと足関節装具による痛み軽減効果が小さく、脚が真っ直ぐな患者さんほど効果が大きい——という結果です。

つまり、Parkes 2013が示した「集団平均では差が出ない」という事実の裏には、「**どんな初期条件の人に、どんな介入が、どう働くか**」という個別の構造が隠れていた可能性が見えてきたのです。

補足:後続研究について

Schmalz T, et al. (2022) "Varus knee limits pain relief effects of laterally wedged insoles and ankle-foot orthoses in medial knee osteoarthritis." この研究では28名の内側型変形性膝関節症患者を対象に、外側ウェッジインソールと足関節装具を6週間ずつ着用させ、機械軸偏位(mechanical axis deviation)と痛み軽減効果の相関を解析しています。内反変形が強いほど効果は小さく、真っ直ぐな脚ほど効果が大きいという統計的有意な相関が確認されました。

この発見が示しているのは、シンプルなことです。「みんなに同じ介入をして、平均で評価する」という方法では見えないものがある。一人ひとりの初期条件を測り、その人に合った介入を選ぶ——そういう個別化の視点が必要だ、ということ。

この「個人差」は、足部単位の力学でも別の角度から論じられてきました。米国の足病医 Kevin A. Kirby博士は、距骨下関節の軸が人によって違う場所にあることを、1987年から触診で示し、2001年に「軸の束(bundle of axes)」として理論化されています。Parkes博士のメタアナリシスとKirby博士の力学モデルを並べて読むと、効果の個人差が見えてくる視座が得られます。詳しくは Kirby 2001 のページ をご覧ください。

THREE

AGGTが受け取るバトン

ここに、AGGTの立ち位置があります。

AGGTは治療法ではありません。「これを使えば痛みが取れます」とは決して言いません。Parkes 2013が示した事実を、AGGTは引き受けます。物理的に荷重が動いても、痛みの変化には個人差があり、誰に効いて誰に効かないかを事前に見分ける実用的な方法は、まだ確立されていません。

AGGTができるのは、踵の傾斜角と全身の重心軸偏位を、スマートフォン一台で測れるようにすることです。誰でも、無料で。世界中のどこからでも。

測ることだけは、誰でもできるようになった。
その先を、世界中で一緒に積み重ねていく。

この数値に反応する人と、しない人がいるはずです。それを世界中で計測し、記録し、積み重ねていけば、Parkes博士たちが12年前に投げかけた問い——「なぜ物理は動いているのに、痛みは動かないのか」——の向こう側へ、人類は一歩進めるかもしれません。

これは、Parkes 2013を否定する話ではありません。むしろ、Parkes 2013があったからこそ、AGGTの立ち位置が明確になりました。「集団平均では差が出ない」という不都合な事実を、科学者が誠実に発表してくれたからこそ、「では個別差を測って積み重ねていこう」という次の問いが立てられるのです。

FOUR

同じ「インソール」という言葉でも

ここで、混同されがちな大切な区別があります。

Parkes 2013が検証した「外側ウェッジインソール」と、AGGTが目指す「踵骨中立化」は、目的も方向も別物です。同じ「インソール」という言葉で括られないように、きちんと分けておきます。

同じ「インソール」でも、目的は別物

外側ウェッジインソール

足の外側を高くすることで、膝の内側への荷重を外側へ逃がすことを目的とした装具。内側型変形性膝関節症のために設計されている。

AGGTの踵骨中立化

傾いている踵骨を、本来の中立位置に近づけることを目的とした補正。全身の重心軸との関係を整えるためのアプローチ。

この二つは「同じ場所(足)に何かを当てる」という点では似ていますが、力学的な発想は逆方向です。Parkes 2013の結論を、そのままAGGTに当てはめることはできません。とはいえ、Parkes 2013が示した「個人差の存在」と「効果検証の難しさ」という教訓は、AGGTが背負うべき重要な前提でもあります。

FIVE

誠実さを、次の世代へ

Parkes博士たちが2013年に渡してくれたバトンは、「誠実さ」というバトンでもあります。

データが言わないことは書かない。集団平均で差が出なければ、効いたと書かない。後続研究が示した「個別差」も、それが見えるまでは書かない。

この姿勢を、AGGTも受け継ぎます。

AGGTサイトに掲載されている数値・係数・閾値の多くは、AIとの対話から生成された暫定的な目安です。臨床経験や学術研究によって確立された値ではありません。これらは、世界中からのデータ蓄積によって検証・更新されることを前提として公開されています。

「分かっていることは自信を持って書く。分かっていないことは正直に分かっていないと書く。」——この区別を厳守することが、AGGTの根本的な姿勢です。

AGGTのツール群は、すべてオープンソースで無料公開されています。計測結果を共有し、論文に引用し、議論の俎上に載せてください。そして、検証の過程を一緒に紡いでください。

Parkes博士たちが2013年に渡してくれたバトンを、私たちもまた次の世代に渡したい——それがAGGTの願いです。

REFERENCES

参考文献

PRIMARY · Parkes 2013

Parkes MJ, Maricar N, Lunt M, LaValley MP, Jones RK, Segal NA, Takahashi-Narita K, Felson DT. Lateral wedge insoles as a conservative treatment for pain in patients with medial knee osteoarthritis: a meta-analysis. JAMA. 2013;310(7):722-730. doi:10.1001/jama.2013.243229

https://jamanetwork.com/journals/jama/fullarticle/1730513
FOLLOW-UP · Schmalz 2022

Schmalz T, et al. Varus knee limits pain relief effects of laterally wedged insoles and ankle-foot orthoses in medial knee osteoarthritis. Journal of Rehabilitation Medicine, 2022.

RELATED · 岡田康志先生のお仕事(EVIDENCE · 005)

Fujioka Y, Alam JM, Noshiro D, Mouri K, Ando T, Okada Y, May AI, Knorr RL, Suzuki K, Ohsumi Y, Noda NN. Phase separation organizes the site of autophagosome formation. Nature. 2020;578:301-305.

DOI: 10.1038/s41586-020-1977-6
岡田康志先生(東京大学・理化学研究所)の、細胞内液-液相分離に関するお仕事のひとつ。共著にノーベル医学・生理学賞受賞者 大隅良典先生(東京工業大学)。Parkes博士の集団レベルの「効果検証の誠実さ」と、組織・分子レベルの仕事を、AGGTは並べて読ませていただいています。
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RELATED · Greene 2017 / Furlong 2020(EVIDENCE · 006)

Greene ER, Shrestha K, Garcia A. Acute Effects of Walking on Human Internal Carotid Blood Flow. FASEB Journal 31(S1): 840.23 (2017).
Furlong RJ, Weaver SR, Sutherland R, et al. Exercise-induced elevations in cerebral blood velocity are greater in running compared to cycling at higher intensities. Physiol Rep. 2020;8(15):e14539.

DOI: 10.14814/phy2.14539(Furlong 2020)
Parkes博士の集団レベルでの「効果検証の誠実さ」と、人体スケールでの踵接地・脳血流応答のお仕事を、AGGTは並べて読ませていただいています。
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RELATED · Han 2025(EVIDENCE · 007)

Han HM, Kim SY, Kim DH. Mechanotransduction for therapeutic approaches: Cellular aging and rejuvenation. APL Bioengineering. 2025;9(2):021502.

DOI: 10.1063/5.0263236 / CC BY-NC 4.0
高麗大学・韓国科学技術研究院(KIST)の研究グループによるレビュー論文。メカノトランスダクションが細胞老化抑制と若返りに関わる中心的な経路となりうることを総説。Parkes博士の集団レベルの「効果検証の誠実さ」と、システムレベルの細胞応答のお仕事を、AGGTは並べて読ませていただいています。
/evidence/han_2025.html

誰に、何が、どう効くか。
世界中で、一緒に紡いでいく。

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