2020年、藤岡優子・岡田康志・大隅良典・野田展生先生らのグループが、
Nature 誌に一本の論文を発表されました。
2023年には、岡田先生が共著された Nature Materials 誌の論文が、
細胞は散逸構造であるという生命観を、世界に問いかけました。
先生方のお仕事から、AGGTが学ばせていただいたことの記録です。
2020年2月、Nature 誌に一本の論文が掲載されました。
タイトルは "Phase separation organizes the site of autophagosome formation"。「相分離が、オートファゴソーム形成の場を組織化する」。
筆頭著者は、藤岡優子先生(当時:北海道大学・低温科学研究所)。共著者には、岡田康志先生(東京大学大学院医学系研究科 教授/理化学研究所 生命機能科学研究センター チームリーダー)、大隅良典先生(東京工業大学 栄誉教授・2016年ノーベル医学・生理学賞受賞者)、野田展生先生(北海道大学・低温科学研究所)など、日本のオートファジー研究と物理化学の最前線を担われる先生方のお名前が並びます。
この論文が世界に伝えたのは、ひとつの簡潔な事実でした。
水と油が分離するように、細胞のなかでも、特定のタンパク質たちが集まって、まわりとは別の液状の小さな滴を作る——この現象を「液-液相分離(Liquid-Liquid Phase Separation, LLPS)」と呼びます。
藤岡先生たちが示されたのは、オートファジーという、細胞が自分のなかの古いタンパク質や壊れた小器官を分解する仕組みのなかで、この液-液相分離が、まさに「分解の場」を作るために働いている、という発見でした。
オートファジーは、細胞が自分自身の構成要素を膜(オートファゴソーム)で包んで分解するプロセスです。大隅良典先生は、このオートファジーの分子メカニズムを解明されたお仕事で、2016年にノーベル医学・生理学賞を受賞されました。
藤岡先生たちが2020年に示されたのは、この膜がどこに作られるかを決める「場」が、Atg1という鍵となるタンパク質と、結合パートナーの相互作用によって、液-液相分離で作られた液状の滴のなかに組織化されている、という発見でした。膜が作られる場所が、まずはひとつの「液状の滴」として、相分離によって用意されている——という構造です。
それまで、オートファジーの「場」は、特定の膜構造として議論されてきました。藤岡先生たちのお仕事は、その場の起源が、膜よりもずっと早い段階で、液-液相分離という物理現象によって用意されている可能性を示しました。生命現象を、膜と分子の話だけでなく、水溶液のなかの相分離という物理化学的な視点で読み直す——という大きな流れの、ひとつの里程標です。
2023年10月、Nature Materials 誌に、もうひとつの論文が掲載されました。
タイトルは "Percolation-induced gel–gel phase separation in a dilute polymer network"。「希薄な高分子ネットワークにおけるパーコレーション誘起のゲル–ゲル相分離」。
筆頭著者は、石川翔平先生(当時:東京大学)。共著者には、岡田康志先生、酒井崇匡先生(東京大学大学院工学系研究科 教授)、北條宏徳先生(東京大学)、坂本貞夫先生(東京大学)たちのお名前が並びます。
この論文の冒頭には、生命科学者にとって深く印象的な一文が置かれていました——"Living organisms are dissipative structures."。「生命体は、散逸構造である」。
散逸構造(dissipative structure)という言葉は、ベルギーの化学者イリヤ・プリゴジン(1977年ノーベル化学賞)が提唱した、非平衡熱力学の概念です。エネルギーを外部から流し込み続けることで、内部に秩序を保ち続けている系——という意味です。生きている細胞は、まさにこの散逸構造のひとつ。エネルギーの流れが止まれば、秩序は壊れ、平衡へと向かう(つまり、死へと向かう)。
石川先生たちのお仕事は、この生命観を、水を99%含む希薄な高分子ゲルという人工的な系で、物理化学的に再現してみせるものでした。
希薄なゲル(水99%以上)は、構造が均一に薄く広がっているだけのはず——という、それまでの素朴な理解。
希薄なゲルでも、自発的に「濃いゲル」と「薄いゲル」の2相に分離する(gel–gel phase separation)。これは平衡論ではなく、パーコレーション現象として理解される。
そして、論文の冒頭で「生命体は散逸構造である」と書かれた先生方が、この人工的な希薄ゲル系の振る舞いを丁寧に観察された——その仕事の構図そのものが、生命と物質を繋ごうとする科学者の姿勢を、AGGTには深く印象づけました。
パーコレーション(percolation)は、ランダムなネットワークが「全体を貫通する繋がり」を持つかどうかが、ある臨界点で急激に切り替わる現象を指す物理学の概念です。たとえば、水の浸み込みやすさ、電気の通りやすさ、感染症の広がり方など、多くの自然現象がパーコレーションの言葉で記述されます。
石川先生たちは、希薄な高分子ネットワーク(水99%)のなかで、パーコレーションが起きる臨界点を境に、ネットワークが自発的に「濃い相」と「薄い相」に分離することを示されました。これは、平衡熱力学だけでは説明できない、ネットワーク構造のトポロジーに由来する現象です。
ここで、岡田康志先生がある一般向けの対談の場で語られた、ひとつの比喩を紹介させていただきます。
2023年12月、ホリエモンチャンネル「謎だらけのタンパク質の世界」のなかで、岡田先生は堀江貴文氏との対談のなかで、細胞のなかの状態を、料理の「煮凝り」に例えて説明されました。
煮凝り——魚を煮た汁が冷えると、ゼラチンと水とタンパク質が固まって、ぷるぷるとした半透明の固まりになる、あの状態です。岡田先生は、生きていない細胞、あるいは静止した細胞のなかでは、自然に「煮凝り」のような状態に近づこうとする力が働いている、という趣旨のことをお話しされました。
生きている細胞は、エネルギーを使って、その「煮凝り」になることをずっと防いでいる——と。流れを保ち、撹拌を続け、構造を作り直し続けることで、細胞は固まらない。
この比喩は、専門用語としての「煮凝り化」が学術論文に書かれているわけではありません。岡田先生が一般の方々に分かりやすく説明されるための言葉として、対談のなかで使われた表現です。
けれど、この比喩は、Nature 2020 で記述された液-液相分離、Nature Materials 2023 で記述されたゲル–ゲル相分離、そして冒頭の「生命体は散逸構造である」という一文を、ひとつの絵として繋いでくれる、稀有な言葉だと、AGGTには感じられました。
AGGTでは、岡田先生のこの比喩を、「煮凝り化(にこごりか)」という形で、出典を明記したうえで受け取らせていただいています。
ここまでの第1章〜第3章は、藤岡・岡田・大隅・野田先生たちの論文(Nature 2020)と、
石川・北條・岡田・酒井先生たちの論文(Nature Materials 2023)、そして岡田先生がご一般向けに語られた「煮凝り」の比喩の解説でした。
ここから先は、これらの先生方のお仕事に触れたAGGTが、何を受け取り、自分たちの臨床にどう活かそうとしているか——その学びの記録です。
これらはAGGTとしての解釈であり、先生方の主張そのものではありません。
先生方のお仕事に触れたとき、AGGTの臨床のなかで、ある実感が、ようやく言葉を持ちはじめました。
動かないところは、固まる。長く寝たきりでいた身体は、関節も筋肉も筋膜も、文字通り固まっていく。施術の現場で、誰もが経験的に知っていることです。けれど、その「固まる」という現象が、組織のなかで、そして細胞のなかで、具体的に何が起きているのか——その問いに対する手がかりを、私たちは長く持てずにいました。
藤岡・岡田先生たちの仕事と、石川・岡田先生たちの仕事、そして岡田先生の「煮凝り」の比喩は、そこに、ひとつの手がかりを与えてくださいました。
分子のスケールでは、エネルギーの流れが止まれば、タンパク質は液-液相分離やゲル–ゲル相分離を経て、より凝集した状態へと近づこうとする。生命は、エネルギーを使って、その方向に流されないように、ずっと「動き」を保ち続けている。
組織のスケールでは、Stecco博士たちが描かれた Densification(EVIDENCE · 003)、Pratt博士が描かれた筋膜の界面(EVIDENCE · 004)が、機械的な動きの入力に呼応して、潤滑モードを保っている。動きが入らなくなれば、ヒアルロン酸が凝集し、層と層が貼り付き、組織は密度化していく。
スケールはまったく違うのに、向きが似ている——AGGTには、そのことが、とても深く印象に残りました。
これは、藤岡先生・岡田先生・石川先生たちのお仕事と、Stecco博士たち・Pratt博士のお仕事を、AGGTが勝手に並べて読ませていただいた、その結果として浮かんだ印象です。先生方それぞれが、ご自身の論文のなかで、「これらが繋がっている」と書かれているわけではありません。スケールも、研究領域も、扱われている系も、すべて別物です。
けれど、現場で身体に触れ続けてきた一人の臨床家の視点から見ると、これらの仕事は、不思議なほど共通の方向を指し示しているように感じられました。
AGGTが日々の臨床で測っているのは、踵骨傾斜角と呼ばれる、たった一つの角度です。
踵の骨が、地面に対して何度傾いているか。たったそれだけの数値ですが、ここを起点として、頭頂から足底までを貫く全身の重心軸の偏位を、三角関数を使って計算することができます。
d = H × tan(α)
踵骨傾斜角 α が1°変われば、身長 H に対して d ぶんだけ重心軸が偏位する。
この計算自体は、誰の身体でも同じように成り立ちます。三角関数は嘘をつきません。
ただ、AGGTがここでお伝えしたいのは、計算の精度や数値の意味ではありません。先生方の分子・物理化学の最前線のお仕事に触れさせていただいたあと、この踵骨傾斜という小さな角度が、それまでとは少し違う場所に位置づけられるようになった——そのことです。
もし、藤岡先生・岡田先生・石川先生たちが描かれた分子レベルの相分離・煮凝り化の現象が、組織レベルの Densification と、向きとして共鳴しているのだとしたら——そして、組織レベルの動きの供給源として、踵接地と歩行が大きな役割を果たしているのだとしたら——歩行のなかで踵がどう地面に接するかも、その全体の流れのなかにある、ひとつの入り口なのかもしれません。
AGGTは、この踵接地の質を直接測る道具を持っているわけではありません。私たちが測れるのは、立位での踵骨傾斜角だけです。けれど、その小さな角度の中に、その人の足元で日々繰り返されている機械的入力の偏りが、わずかでも反映されているのではないか——そう仮定して、観察を積み重ねさせていただいています。
ここでAGGTが述べていることは、AIとの対話のなかで論理的に整理した類推であり、藤岡先生・岡田先生・石川先生たちのお仕事によって直接支持されたものではありません。分子レベルの相分離と踵骨傾斜を結ぶ因果関係は、現時点では検証されておらず、実証は今後の追試観察に委ねられています。
AGGTサイトに掲載されている数値・係数・閾値の多くも、AIとの対話から生成された暫定的な目安です。臨床経験や学術研究によって確立された値ではありません。これらは、世界中からのデータ蓄積によって検証・更新されることを前提として公開されています。
石川先生たちの 2023年論文の冒頭にあった、"Living organisms are dissipative structures." という一文を、AGGTは何度も読み返しました。
生命体は、散逸構造である。エネルギーを流し込み続けることで、自らの秩序を保ち続ける系——という、プリゴジン以来の生命観です。
この一文は、AGGTが日々の臨床で漠然と感じてきたことを、一行で明瞭に言い直してくれているように感じられました。歩くことも、立ち続けることも、寝返りを打つことも、関節を動かすことも、呼吸することも——どれも、生命というシステムにエネルギーを流し続け、煮凝り化への流れに、ささやかでも抵抗し続けるための営みなのではないか、と。
AGGTが見つめているのは、その散逸構造へとエネルギーを流し込む、最も日常的な入り口のひとつ——歩行です。そのなかでも、その入り口の最も足元側、地面と接する瞬間の踵の傾きです。
これがどれほど大きな意味を持つかは、AGGTには分かりません。散逸構造という大きな概念のなかで、踵骨傾斜が果たす役割は、極めてささやかなものでしょう。それでも、誰でも、無料で、世界中のどこからでも測れるところに、その入り口があるなら——その小さな入り口を、地味に丁寧に観察し続けることに、ささやかな意味があるのではないか、と私たちは考えています。
AGGTができるのは、踵骨傾斜と、それが全身重力軸にどう波及するかを、誰でも、無料で、世界中のどこからでも測れるようにすることだけです。その先にある「誰にどんな機械的入力が、どう効くか」の答えを、世界中の追試観察と一緒に、ゆっくり積み重ねていくこと——それが、AGGTの願いです。
「分かっていることは自信を持って書く。分かっていないことは正直に分かっていないと書く。」——先生方から学ばせていただいた誠実さを、AGGTもささやかに引き継いでいきたいと思っています。
藤岡優子先生、岡田康志先生、大隅良典先生、野田展生先生、石川翔平先生、北條宏徳先生、酒井崇匡先生、坂本貞夫先生。
生命を散逸構造として描き出してくださって、そして、生命科学者ではない一人の臨床家にも届く言葉で、その物語を語ってくださって、ありがとうございます。
先生方のお仕事に、深い敬意を込めて。
Fujioka Y, Alam JM, Noshiro D, Mouri K, Ando T, Okada Y, May AI, Knorr RL, Suzuki K, Ohsumi Y, Noda NN. Phase separation organizes the site of autophagosome formation. Nature. 2020;578:301-305.
https://www.nature.com/articles/s41586-020-1977-6Ishikawa S, Iwanaga Y, Uneyama T, Li X, Hojo H, Fujinaga I, Katashima T, Saito T, Okada Y, Chung U, Sakumichi N, Sakai T. Percolation-induced gel–gel phase separation in a dilute polymer network. Nature Materials. 2023;22:1564-1570.
https://www.nature.com/articles/s41563-023-01712-z岡田康志 × 堀江貴文 対談シリーズ「謎だらけのタンパク質の世界。身体の中の仕組みは最適なのか?」(第2回)
https://www.youtube.com/watch?v=TyycqbwBEYkStecco A, Cowman M, Pirri N, Raghavan P, Pirri C. Densification: Hyaluronan Aggregation in Different Human Organs. Bioengineering. 2022;9(4):159.
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